刑法 法学 刑事法学 医事法学 刑事責任能力 解離性同一性障害 刑罰の正当化根拠 裁判で被告人の刑事責任能力を問う場合、従来は行為時の被告人の精神的能力のみに着目して判断されてきました。しかし、解離性同一性障害を患う被告人の場合、行為時に行為を統御していた人格状態「副人格z」は、刑事責任能力を有していると考えられますが、「主人格x」は行為に関与していません。そこで、被告人を全体としてみた場合、刑事責任能力ありとすることができるか、という問題が生じます。本研究ではこの問題につき、刑事責任の本質に遡って検討しています。 1.解離性同一性障害を患う被告人の刑事責任判断解離性同一性障害を患う被告人の、特に副人格が行為を行った場合、行為を行った人格状態自体は刑事責任能力を有していると考えられます。しかし、刑事責任とは、被告人に刑罰を科すための前提として、有無を判断されるものだ、ということに立ち返ると、「刑罰を科される主体は刑事責任能力を有していたのか」という問題が生じます。なぜなら、行為を行った副人格に刑罰を科そうとすれば、必然的に行為に関与していない他の人格までも処罰することになってしまうからです。従来の刑事責任判断に関する議論は、行為時の被告人の刑事責任能力のみに着目していたのに対して、「行為時の行為者と受刑時の受刑者の関係」という通時的な観点から、外国における議論を参考として、研究を行っています。2.精神医学と刑法の関係解離性同一性障害とは精神の障害の一種ですから、上記の問題について議論するためには、当然、精神医学の知見を前提とする必要があります。しかし、責任能力は法的問題ですから、法的判断と精神医学的判断の関係についても論じる必要があります。すなわち、被告人の刑事責任判断を、「治療の必要性」という医学的な観点と結びつけて考えるべきか、それとも純粋に法的判断として考えるべきか、という問題があります。この点についても研究を行っています。 被告人が解離性同一性障害患者である場合の刑事責任能力判断に関する議論は、我が国の刑法学においては比較的最近になって注目を集め始めた分野です。この問題に関する裁判所の判断も未だ固まっておらず、裁判官によって異なるのが現状です。本研究は、この議論に一定の指針を提供することができます。また、このテーマには精神医学の知見が不可欠なため、刑事責任能力判断における精神医学と法学の関係についても、改めて検討するきっかけとなる研究としても重要です。 ●日本刑法学会第99回大会における個別報告(2021年5月29日オンライン)●上原大祐「解離性同一性障害をめぐる医事法上の課題」甲斐克則編『医事法講座10巻精神科医療と医事法』(2020・信山社) 解離性同一性障害を患う被告人の刑事責任判断には、犯罪を犯した人格と処罰される人物の関係を議論する必要があります。この議論に指針を提供します。判断に不可欠な精神医学と法学の関係を検討する上でも重要です。
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