ライフサイエンス 神経生理学 口腔生理学 口腔生理 咬合 咀嚼 顎運動 三叉神経 味覚 1990年、欧州共同体(EC;現欧州連合)・世界保健機構(WHO)・米国立老化研究所(NIA)は、共同で実施した世界的疫学調査の結果から「歯を多く喪失することは、アルツハイマー型認知症発症の危険因子である」と発表しました。しかし、歯を失うことが、なぜ学習や記憶などの高次脳機能に影響するのか…そのメカニズムは判っていません。また、噛み合わせの状態は全身の筋運動に影響を与えますが、その神経メカニズムの詳細も未だ不明です。本研究はこれらの解明を目的としています。 私達は歯に加わった力の大きさや方向を知ることができます。これは、歯の根(歯根)とあごの骨(歯槽骨)の間を結び付けている線維(歯根膜)の上にセンサー(歯根膜機械受容器)が存在し、歯に力が加わったときに起きる線維の伸びを感知するためです。この歯根膜機械受容器からの感覚情報は、2種類の神経細胞、「三叉神経節ニューロン」と「三叉神経中脳路核(MTN)ニューロン」によって脳に伝えられます。MTNニューロンは、顎を閉じるための筋肉(閉口筋群)の長さや力を感知するセンサー(筋紡錘)の情報も伝えます。噛み合わせが悪くなったり歯が抜けたりすると、MTNニューロンが伝える2つのセンサー(歯根膜機械受容器と閉口筋筋紡錘)からの情報は、正常な状態と大きく異なってきます。さらにMTNは、脳幹においては覚醒・注意・ストレス反応などの調節に関わっている「青斑核」や、高次脳機能および自律機能との関わりが深い「結合腕傍核」などの神経細胞群と隣接しています。このことから噛み合わせの悪化や歯の脱落によってMTNニューロンの活動が変化し、それによって近くにある青斑核や結合腕傍核のニューロンの活動にも変化が生じ、全身に影響を及ぼしている可能性があると我々は考えました。これらを検証するために、MTNと青斑核・結合腕傍核間のネットワークの有無を明らかにすると共に、噛み合わせの悪化や歯の脱落がMTN・青斑核・結合腕傍核の活動に引き起こす変化を解析する予定です。 噛み合わせの状態が、認知症の発症や全身機能に影響することが明らかになっています。そのメカニズムを解明できれば、口腔の健康を維持するための歯科医療の重要性をより強く喚起できます。さらに研究成果の応用によって、学習・記憶の効率や睡眠の質を高めたり、運動能力を向上させる効果を持つ装置や食品(例:マウスピースやガムのようなもの)の開発に結び付く可能性があります。歯の多くを喪失した患者さんに対する、全身機能への悪影響を抑える処置の開発へも貢献が期待できます。 ●本学・歯科機能形態学分野、および大阪大・院歯・高次脳口腔機能学、京都大・院医・高次脳形態学、ソウル大・歯・生理学、慶北大・歯・神経解剖学などの研究室との共同研究を予定しています。 噛み合わせが全身機能に及ぼす影響を、神経細胞活動の変化から解明する研究。歯の欠落が認知症発症の危険因子ともなる原因に独自の視点で取り組みます。記憶効率や運動能力の向上に役立つ商品の開発に寄与する可能性もあります。
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